大館曲げわっぱの歴史

大館曲げわっぱは、きこりが杉柾で曲物の器を作ったことに始まったとされています。

藩政時代に大館城主佐竹西家が領内の豊富な秋田杉に着目し、武士の内職として推奨しました。農民には年貢米の供出代替として、山から城下まで原木を運搬させたといいます。

製品は酒田・新潟・関東などへ運ばれました。江戸時代末期から近代にかけて職人たちが技法を受け継いできました。

近年のプラスチックの出廻り等により他産業への転向が相次ぎましたが、現在の本物志向の風潮に相まって、大館の曲げわっぱは、多くの人に愛されています。

大館曲げわっぱの伝統工芸士

伝統工芸士とは、経済産業大臣指定の伝統的工芸品の製造に従事されている技術者のなかから、高度の技術・技法を保持する方を「伝統工芸士」として認定しています。現在、大館曲げわっぱは、15名の伝統工芸士を要として日々曲げわっぱを制作し、多くの方々へ届けています。

大館曲げわっぱの新たな試み

大館曲げわっぱは、これまで多くの家庭で生活の用を支え、木の文化を支えてきました。しかし、その材料となる天然秋田杉は、 近年、減少が著しく、資源保護の観点から、平成25年度以降の伐採が禁止されています。一方、造林杉は、天然杉に比べて柔軟性に乏しいため、曲げることが可能な材の割合は、 %程度とたいへん低いものです。当組合では、秋田県立大学木材高度加工研究所のご協力を得て、造林杉による大館曲げわっぱの共同研究を進めています。先人の知恵と、技術の結晶ともいえる大館曲げわっぱ。その伝統を後世に引き継いでいくために、これからも原材料確保、品質維持へのたゆまぬ努力を重ねてまいります。

大館曲げわっぱとは

暮らしの知恵と自然を生かした大館曲げわっぱ